リボ払いでの借金地獄スパイラル

ゲーム課金のイメージソーシャルゲームでの課金が借金の始まりでした。よくあるガチャによる課金です。友達や仲間との差を見せつけたい、ゲーム内で強くなりたいという思いから、ガチャで強いキャラを当てるために課金は必須でした。ひどい時は何十万と使って欲しいキャラを狙った時もありました。

当てた時の快感はとてつもなく良いもので、当時は何の気もなしにガチャを回していました。ある時カードでの支払いが厳しい月が出てきた為、リボ払いでの支払いをしてみました。毎月一定額の支払いで使える為、支払いが厳しい月はリボ払いでしのいで生活していました。しかし、気付けば何十万とリボ払いでの借金がたまっていき、利息も高く中々返せない日々が続いていました。

さすがにこのままではまずいと感じたので、利息の低い銀行からローンをしてリボ払いの返済を一括で完了し、リボ払い地獄からは抜け出す事が出来ました。リボ払いの危険さを身にしみた辺りから、借金に対する考えが悪に変わり、一刻も早く銀行のローンも早く返さないと行けないと思い、結局は積み立てを切り崩し、借金完済に至りました。現在はソーシャルゲームやその他ゲームでの課金は一切しておらず、あの時の苦い思い出があるので、もう二度としたくない思いです。

もう絶対に借金はしないと決めた

破産に怯える男性

始めは「1週間以内に返済すれば利息は0円」という会社でカードを作りました。「来週、お給料が入ったら返せば大丈夫」と思い、借入をしました。始めの頃は1週間以内で返済していましたが、そのうちだんだん借りる額が大きくなって、1週間では返せなくなりました。

利息も、最初は「これくらいなら」という感じでしたが、どんどん膨らみ、その会社の返済のために違う会社から借りるという最悪な事態に陥りました。最終的には、3社から借り、A社に返すためにB社から借り、B社に返すためにC社から借りるという何重もの借金をする結果になり、自己破産を考えたこともありますが、自己破産は将来いろいろな面でネックになるとも聞いたので、そこはなんとか思いとどまりました。

何年も家族に言えず一人で苦しんでいましたが、なんとか家族に相談し、家族からお金を借りたり生活費削って返済にあてて、何年も苦しい思いをしながら完済しました。今は、もう絶対にカードローンは使わないと決めています。1週間以内で返せたときは、利用して良かったと思っていました。それができる人には良いサービスだと思いますが、それができなくなる借り方をしてはいけないと実感しました。

借入額の上限は引き上げてはいけない

飛んでいくお金

震災後に家に住めなくなり、引っ越し費用、生活立て直しの為に20万の借入。当時職場を失い無職でも借入られたのは非常に助かったし感謝もしているが、自分にはその管理と返済のシミュレートが出来ませんでした。毎月5千円の返済額は大きく、それを返すだけでギリギリの状況でした。

二年ごとの住居の更新料があったり、家電が壊れたり、病気怪我で医療費が必要だったり、予想外の出費ばかりで、完済には程遠かった。更に状況が悪化する原因は借入額の上限を引き上げる申請が出来てしまった事です。30万に引き上げて月六千円の返済。毎月千円上がるだけで十万借りられるなら、それを元手になんとかなるだろうと思っていました。しかし、どうにもならず40万と言う収入証明書なしで借りられる上限に達し月の返済額は七千円。未だ全てを返済出来ていません。

利息を考えればとっくに借入額の倍以上払っているます。しかし一括で返済出来るまとまった現金ではない為こうなってしまいました。まだ自力でなんとかなると考えている人は、相談出来る親族がいるならばした方がいい。長く借りたからと言って返済額が減ったり利息が軽くなるなんてことは一切ありません。返済日を過ぎてもいつ返せるか聞く連絡が来るだけで遅延損害金が着々と積み重なって更に泥沼になるだけです。

カードローンの良かったこと悪かったこと

ご祝儀袋とお札

出来ることなら自分の貯金で何とかしたかったです。カードローンなどはしたくなかったのですが、友達の結婚式、そのすぐ後に親が具合が悪くなりそれの通院費、入院する為の初期費用などお金のかかる事が一気にきてしまい、どうしても無理でした。当時は1人暮らしをしていた為、自分の生活費、光熱費などもあったので、どうしてもお金が足りず利用しました。

審査の窓口に入る時もとても不安でしたが、他に方法もなく審査をしたらすぐ通り1時間弱くらいで借りる事が出来ました。早く返さないと、どんどん利息で膨らんでいくので正直怖かったです。もう少し利息を低くしてほしいなと思いました。

ですがそのおかげで仲良くしていた友達の結婚式に出席する事も出来て、久々の友達とも沢山会えて、親の通院費も出すことが出来ました。診察を受けてみたら、思いのほか病状が重かったので、入院になり保険には入っていましたが保険料金は後から支払われるので、先に入院費用が必要でしたので本当に助かりました。

最初は利息分くらいしか返せなかったですが少しづつ返して、返済が出来ました。いざという時には本当に助かります。ただ利息など考えると借りないに越したことはないとは思っています。

法テラスに相談して自己破産しました。

頭を抱えて悩む男性

上場企業に勤務していた時にカードを作ったのと、収入に対する借入規制の法定前だったので、融資限度額は600万以上ありました。両親が病に倒れ、会社をやめ介護をしたため、ずるずると借入をしてしまい、今思うと甘かったと反省しております。

法テラスで弁護士に相談し、自己破産しました。弁護士事務所には4回通い、必要書類と通帳、借入先一覧のわかるもの、公共料金の支払い用紙や督促状をそろえ、弁護士事務所で面談で詳細説明・質疑応答で、弁護士にすべて書類を作成してもらいました。申請書類は弁護士から提出、東京地方裁判所に1度弁護士同伴で法定に出席で、自己破産と免責の決定をいただきました。

2009年4月に法テラスにいってから6か月で免責が得られました。最初に書店で自己破産の本を読み、おおまかな流れや必要手続きを自習し、それから法テラスに相談しに行きました。特記すべき点としては、私の住所は千葉県なのですが、東京地裁で手続きしたのは、東京の法テラスの弁護士からの助言と指示で、2010年まで東京地裁で都外の自己破産申請も受け付けていたためです。

2010年以降は神奈川県・千葉県・埼玉県に限定されたときいております。弁護士の話では東京地裁は申請件数が多いせいか書類提出から免責まで、千葉地裁よりかなり、迅速に進むということで、首都圏の前記3県の方は東京地裁での申請を検討されることをお勧めします。弁護士の方もそのあたり心得えておられると思いますし、「自己破産、東京地裁」をキーワードでネット検索してみると、詳しく解説してあるウエブサイトもありますので、一考をおすすめします。また、自己破産の本を見て自分で書類を作成するのは大変ですし、弁護士費用その他についても法テラスで費用についとの制度があり、まずは法テラスにご相談されるのがよろしいかと存じます。最後に、私自身は自己破産の経験を得て、自分の生活を反省し、助けていただいた関係者の恩を忘れず、地道に堅実に生活していく所存です。

若かりし頃のはなし。ローンは怖い

クレジットカード

大学生の頃だったでしょうか、たまたま訪れたスーパーマーケットでセゾンカードの入会キャンペーンをやっていたので、なんとなくカードを作りました。そのカードにキャッシング機能が付いていたので、最初は遊ぶお金のために2~3万円使うだけでした。

実家暮らしでしたし、家庭教師やコンサート会場設営、ピザ屋の宅配などのバイトで月に15万円くらい収入があったので、お金に困っていたわけではありませんでした。でも、それだけでは足りないと感じることも多かったので借りてしまいました。キャッシング枠の金利は27%もあって、今と比べるとずいぶん高いですけど、そういう時代だと思います。キャッシング枠は、学生なのに30万円もあったことを覚えています。

当時 保証人さえいれば借りることができました。保証人の欄に自分の母の名前を勝手に書いて、それで審査に通ってしまいました。母への本人確認もなくアルバイトの収入のことも、特に聞かれませんでした。でもこの頃は、数万円借りる程度で、枠いっぱいまで借りることはありませんでしたが。

就職して3年目の26歳のとき、バブル崩壊の影響でリストラされてしまったんです。リストラされる前は責任のある仕事も任されていて、月収も30万円くらいありました。でもそれが途絶えてしまったので、生活費のためにキャッシングするようになったのです。あっという間に30万円の枠いっぱいまで借りてしまいました。しかし「リボ払いだったら、月々の返済もせいぜい1~2万円だから大丈夫だろう」と考えてしまったんです。そうしたら返済が大変になりました。もうやらないです。

度重なる出費でとても困っていました

家計簿をつける様子

当時はパートで働いていましたが、子どもが続けて体調を崩しパート代も殆どありませんでした。そんな中、タイミング悪く主人も怪我をしてしまい、手術代などで一旦ある程度の自己負担をしたのでそれなりの額のお金が出ていきました。

子どもの入学も控えた時期で、学校の初期費用や資材、勉強道具など揃えるのもたくさんあり、その金額もそれなりだったのでどうしようか悩んでいました。そんな時にプロミスのCMを見て、ダメ元で借りてみようとネットで申し込むことに。すぐにプロミスより電話があり、契約することができました。その日の内に10万を私の指定口座に振り込んでもらうこともできました。

たった10万と思うかもしれませんが、当時の私にとっては1万でも多く手元に欲しかったので本当に助かりました。それから分割で3か月の内に返済致しました。今はお世話になっておりませんが、また何か困ったことがあればお願いしたいなと思っております。大きな金額は借りるのに抵抗がありますか10万くらいの範囲でやり取りができるのはちょっとした私の心の支えですね。どうしても無理な時にはこのプロミスに頼れるということもあり、心に余裕ができ、何となく優しくなれたような気がします。

ボーナスで一括返済するつもりが

財布からのぞくお札

私がキャッシングを始めたきっかけは、結婚してから生活費に追われ、余裕が全く無くなった時でした。私ひとりの収入で家計を賄っていましたが、知人の結婚式等の急な出費が重なり、家計が回らなくなった時に、10万円をキャッシングしました。その時は、助かった。ありがたい。と思いました。また、借り入れ額も少ないし、ボーナスで返せばいいとも。しかし毎月の生活は楽になるわけもなく、毎月の返済と生活費で借りる金額が少しずつ増えていきました。結果、気が付くと50万円借りてしまっていました。

そして返す予定だったボーナスが入ると、今度は一括返済でボーナスが消えてしまうことを惜しく感じてしまい、そのままの状態で借り続けました。当時の私は、キャッシングで借り慣れてしまっており、毎月返せてはいるから何とかなるだろうと安易に考えるようになっていました。今考えれば恐ろしい事をしていたと思いますが、キャッシングしている時はその借りたお金が自分の物と思っていたような気がします。

そこからは、ドミノ倒しのように借金が膨れ上がり、最終的には借り入れ額は200万円を越えていました。この時点で初めて、返せないかもしれないと本気で思いました。家族にバレると焦りました。キャッシングをまとめローンに切り替えて、バイトもして、何とか返すことができました。本当に辛かったです。自分で作ってしまった借金とはいえ、本気で返済を始めたら、全く遊べない、家族との時間も少ししか取れない、職場の付き合いは疎遠になる等、良いことは一つもありませんでした。多分、妻は私に言ってきませんでしたが借金の事はバレていたのだと思います。

計画的に借りるのであれば、一時資金として活用するのは、良いと思います。私は、高い授業料を払ったと思いますが、人生のどん底の入り口を少し経験したことで、今の生活設計に活かしています。

海外でらくらくキャッシングで家が建ちました

一軒家

海外(インドネシア)に住んでいる私は現地での生活費は私と主人との給料からとなります。それだけでもなんとか生活はできました。長くここインドネシアで生きてくためにはやはり自分たちの家を建てたほうがいいという話になり計画を建てました。日本へ一時帰国した際に貯金から少しお金を持ってインドネシアへ戻りました。

いざ家を建て始めると色々と出費が多く、またインドネシアではまだまだしっかりした見積もりを出せる人が少なく、どんどんお金は消えて行ってしまいました。次に払える現金もなく、ましてや私たちの給料だけではどうすることもできず、知人から借りるわけにもいかず「どうしよ・・・工事ストップさせようか。。。」「日本へ帰ってお金を調達してこようか」など考えました。

でも帰国費用も結構かかりますし、そんな現金があれば家の支払いに回しているしと散々考えました。ふと財布を見ると「オリコカード」が目に入りました。「あっそうだ!キャッシングすればいいんだ!!」と私の顔に笑みが戻ったのです。世界各国にクレジットカードと提携しているATMが多くあります。ここインドネシアでもあちこちで見かけます。またその国のATMで引き出すということは、その国の貨幣で出てくるわけです。なので両替所へ行って日本円を両替する手間も省けますし、両替手数料なんかも払わずに済むというメリットもあります。

もちろんATMの利用手数料やクレジットのキャッシングですので、利率も多少発生することはわかっています。でもそれよりなにより、現金が欲しい時に、ましてや海外という環境でお金に困っている私としてはすがる思いでATMへ駆け込みました。インドネシアルピアでrp3,000,000(その当時のレートで約¥28000が後日引き落とされました)を生まれて初めて海外キャッシングしてみました。

あたりまえですが、現金でお金が出てきました。その後数回にわけキャッシングし、お陰で少しですが遅れることなく家を建てる費用を支払い続けることができました。またネットから支払金額やらがいつも確認できましたので、安心してキャッシングすることができました。数か月後、時間はかかりましたが私たちの家がインドネシアに建てることができ、毎日家に帰るのが楽しくてしかたがありません。これも何といっても海外でキャッシングができるお陰です。インドネシアは現金を持っているのはまだまだ物騒な国ですので、キャッシングという方法をとることが多くなりました。いざというときに元気が手に入るこの機能に感謝感激です。

はじめはすぐに返すつもりが返済期間1年に

パチンコ台

私がアコムで融資を受けたのは非常に金欠になってしまったために、その生活費の一部として借りようと思ったのがきっかけでした。最初は5万円借りなんとかその月を乗り越えることができました。とても助かったので、もし今後急な出費で金欠になった時にまた利用しようと思いました。しかしそれが大きな間違いの一歩でした。

翌月も急な出費により借り入れをすることになってしまいました。その際は3万円借りたのですが、その月は飲み会や友人との付き合いが多く、意志の弱い私は誘われるたびに誘いを断れずお金を借りては夜な夜な遊びに行っていました。気づくと30万円の上限枠の中で、私が2ヶ月目に借りたお金の総額は15万円になってしまっていました。15万円はその当時20万円ほどしか稼いでいなかった私にはとてもすぐに返済ですることのできない金額でした。

焦った私は、月に5万円づつコツコツ返済していけばいいものの、あろうことかパチンコや競馬などのギャンブルに行って勝てば一気に返済期間を短縮できるだろうと思い更に10万円の融資を受けてしまいました。気づけば借金の総額も25万円に。しかもギャンブルで給料のほとんどを使ってしまったので。財布は空。生活ができなくなってしまったので、更に5万円を借りて総額は上限額である30万円。

そこからは利子を含め毎月2万円づつ返す生活になりました。しかし借り入れ可能額が5万円あると自分の口座に5万円あるかのように錯覚してしまい、返済してはまた借り入れての繰り返し。なんだかんだで1ヶ月で借金生活を終えるつもりが1年かかりました。もちろんその1年は返済するばかりで貯金などは一切できません。本当に精神的に疲れた一年になってしまいました。