「1番の財産は人との繋がり」は本当です

競馬場の様子

私は借金をしていました。もちろん両親、会社の同僚にも内緒です。借金をしたきっかけは会社の先輩に人生初のキャバクラに連れて行って貰った事です。そこで支払いの頃には泥酔していた先輩の分まで支払いをし、生活費が圧迫されて初めは限度額20万円で某消費者金融の審査に通り生活費に充てました。これで次の収入から少し切り詰めて返済すれば問題はなかったのですが「初めて」借りたお金で生活が成り立ってしまったのが問題だったのです。

元々、自炊もせずに毎日外食、買いたい物は高価な物でなければ簡単に買ってましたし、収入に見合っていないとも言える生活をしていたので貯金は皆無、そんな中で収入を越えたお金を手にしてしまった私はついに限界を越えた生活を始めました。 そしてあっという間に限度額を越えた私がとった行動は競馬への投資でした。少額で買っていた馬券も徐々に高額になり、「勝てれば戻る」とそんな感覚でいると次、また次と金融会社と契約、増額を繰り返して半年を掛けて4社約120万円の負債持ちになりそこに来てようやく自身の行いの愚かさと置かれた立場に気付きました。

そこまで来てもコツコツ返済するという思考に向かわず競馬を続けていると唯一現状を知っていた同僚が思わぬ行動に出ました。 「借りた金で競馬なんか行ってんじゃねぇ!」と会社の事務所で言い放ったのです。 あっという間に社内で知れ渡った話は大事となり、当時26歳の私は上司の監視のもと両親へ電話する事になりました。 疎遠となっていた両親に合わす顔が無いと思いながら電話し、助けて欲しいと伝えると父は電話口から怒気の無い口調で「何があろうとお前の親であるからには助ける」と言われました。

この時、上司の前であるのも憚らず涙が出ました。親の無償の愛情を感じ、どうしようも無い親不孝者である自分を酷く小さな人間だと感じました。 結果として借金は1度両親に返済して貰い、両親に最速での返済を約束して節約生活がスタートしました。 今までの自分からは想像のつかない食生活、お金を掛けない暮らしは当初は苦しくて投げ出したくなりましたが慣れれば以前の生活を「まともじゃ無い」と思えるようになり、現在の生活の糧となっています。 当時の経験は家族の大切さと親の偉大さを知るきっかけとなり、自身が家庭を持ったなら父の様になろうと30代を目前に思うようになりました。